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三瓶小豆原埋没林は、約4000年前(縄文時代後期)の森林が地層中に埋もれた『森の化石』です。

巨大な幹が直立状態で残っており、直立して残る幹の規模は世界でも最大級のものです。縄文時代の日本列島に壮大な森が確かに存在していたことを示す貴重な証拠です。

発掘調査では28本の立木が確認されており、地層の分布と立木の密度から、小豆原の多に全体では数100本が残っていると推定されます。

縄文時代の森の姿

三瓶小豆原埋没林が示す縄文時代の森は次のようなものです。三瓶山北麓の谷には杉が茂り、カシやトチの木などが少し混じっていました。

杉の多くは樹高40~50mの巨木で、林内は太陽の光があまり届かない薄暗い環境だったと推定されます。この森が育った時代は、基本的に現代と同じように温暖でした。

現在の山林も、数100年間にわたって安定して成長を続けると、埋没林のような森に変化すると考えられます。

縄文時代の気候

三瓶小豆原埋没林は縄文時代の森です。

縄文時代は1万6千年前ごろから2500年前ごろまで続きました。

縄文時代が始まった時は、地球全体の気温が数度~10数度低い『最終氷期』の期間でした。その後は暖かい時代になりました。

約7000年前には過去1万年間でも最も暖かい気候『完新世の気候最温暖期』となりました。

それが約1000年間続いた後、小変動しながら現在に至っています。

木々が朽ちなかった理由

地中に埋もれた木々は地下水に浸されていました。

地下水には酸素がほとんど含まれていないので、材を食べる小動物や細菌類などが繁殖できません。

その為、劣化の進行がごく緩やかだったのです。

食品の缶詰と似た状態です。

埋没林の材は、強度は若干低下していますが、保存状態は極めて良好で木の香りが残っています。

ちょっぴり 地質について 

千葉時代”誕生へ

今年中に、約77年~12万6000年前の”地質年代”が『千葉時代』と命名される見通しです。実現すれば、日本の地名が地質年代の名前に付けられるのは、初めてのことになります。

地質年代とは

約46億年に及ぶ地球の歴史は、生き物の種類の大きな入れ代わりなどを境に、時代がわけられています。この区分が地質年代です。更新世中期はまだ時代名が決まっておらず、その名称として『千葉時代(チバニアン)』が有力案候補になっています。

ちなみに、ティラノザウルスがいた中生代の『白亜紀』は、意義いr巣にある白い地層(チョーク層=白亜層)から付けられた名前です。

地質年代の名前の由来

地質年代の名前は、その時代を代表する地層と認められた土地の地名や、地層の特徴から付けられているものが多くあります。

なぜ千葉なのか?

この時代の地層が陸上で見られる場所はあまり多くありません。千葉県市原市には、この時代の地層が分布していて、詳しく調べられています。とくに、ここでは約77年前に起きた『地磁気の逆転』の地層が確認されていることが大きな特徴です。

三瓶小豆原埋没林は

散策にはもってこいな場所です。島根県へ来た際には、是非立ち寄ってみてください。

三瓶小豆原埋没林公園 アクセス
〒694-0003 島根県大田市三瓶町多根 ロ58−2
TEL  0854-86-9500
【営業日】木曜日~月曜日 【定休日】火曜日 
営業時間  9時00分~17時00分
入館料金 大人:300円 / 小中高生:100円

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