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貴婦人の愛称で知られるSLの魅力

貴婦人の愛称で知られるSLの魅力は、衰えることがないですね。いつ聞いても、素敵な汽笛を鳴らすSL 2015年に撮影したSLやまぐち号の写真です。

ふらりと立ち寄った、津和野駅にSLやまぐち号が停車していました(^^♪ラッキー

貴婦人の愛称で知られるSLの魅力

今回のSLは、C571の貴婦人と呼ばれる蒸気機関車です。このSL誕生は

1937年昭和12年)、C55形の63号機として製造が始められた機関車であるが、改良箇所が多岐に及んだため、検討の末に新形式とすることが決定され、C57形蒸気機関車として誕生をしています。

1947年(昭和22年)までの間に201両が量産されました。本形式への信頼も高く、C51形に始まるライトパシフィック機の決定版となりました。

貴婦人の愛称で知られるSLの魅力

このSLの構造は

C55形との主な相違点はボイラー使用圧力の上昇(14kg/cm216kg/cm2)、それにともなうシリンダ直径の縮小(510mm→500mm)、スポーク動輪からボックス動輪への変更などです。ボイラー使用圧力が上昇したことにより、C55形よりも石炭・水消費量の減少や出力上昇など性能が向上し、これが新形式を与える決め手になったとも言われています。C55形とC57形は共通運用となる場合も多かったですが、線形や列車条件によっては混運用ができない場合もありました。

動輪以外での形態的な変化は、煙室前端部の曲面化、蒸気ドーム キセ後端部の傾斜化、エプロンの傾斜角変更が目立つところです。なお、C57形でもC57 110のように事故や腐食などの修繕や更新で、煙室前端部がC55形のように平面化されたものが数両存在します。

製造時期により、形態が若干異なっています。戦後に製造されたもののうち、第4次形と呼ばれるタイプは運転室が密閉型となるなど、C59形に準ずるスタイルになっており、戦前から戦中に製造されたものとは、寸法や重量が若干異なります。

戦後に製造された3次形と4次形の中には、技術力、品質管理能力の低下により、ボイラーの性能が悪いものが有り、該当車両は一時期使用圧力を下げて運用されるなどの不便を招いていました。このため、1957年(昭和32年)から1959年(昭和34年)にかけて、本形式のうち57両のボイラーが新造品に載せ替えられています。なお、ボイラー取り替え対象車両の中には、上記以外にX線検査の結果不備が見つかった戦前製のものも含まれています。現在は動態保存中のC57 1も1958年(昭和33年)にボイラーの載せ替えが実施されています。

貴婦人の愛称で知られるSLの魅力

この車両は

四国を除く全国各地で優等旅客列車の牽引を中心に使用されました。

特に軸重制限からC53形や、C59形などの大型旅客用蒸気機関車が入線できなかった、熊本以南の鹿児島本線長崎本線では、1942年に関門トンネル開通で長崎駅まで延長運転された特急富士」(戦局の悪化等の理由で翌年博多駅発着とされ、1944年3月に廃止)や戦後の特急「かもめ」「さちかぜ」「平和」「さくら」に代表される優等列車の牽引にも充当されていました。

また、北陸本線今庄駅 – 直江津駅間)、信越本線の“海線”区間(直江津駅 – 柏崎駅 – 長岡駅 – 新津駅 – 新潟駅間)、羽越本線(新潟駅 – 新発田駅間の白新線を含む)などのような全国各地の地方幹線(や亜幹線)でも、急行などの優等列車を牽引していました。

北海道でも、戦後の1960年代中期までは小樽築港機関区所属機や釧路機関区所属機が、小樽駅 – 札幌駅 – 滝川駅 – 富良野駅 – 帯広駅 – 釧路駅間を、函館本線 – 根室本線経由でロングラン運用されるなどして活躍しました。また、宗谷本線でも、蒸気機関車時代の晩年には、それまで同線の旅客列車の牽引で活躍していた旭川機関区配置のC55形の老朽化が進んだことから、その置き換えとなるDD51形ディーゼル機関車の両数が揃うまでの間、本州や九州などから3両の本形式が転属し(最初に宗谷本線で使用されたのは、1973年に旭川機関区に転属してきた87号機で、1974年8月夏頃までは、この87号機1両が、最後の2両になったC55形(30·50号機)との共通運用で使用されて、このC55形2両が全般検査期限切れとなり 運用離脱した9~10月には、九州から転属してきた130·186号機が代わって運用についたが、DD51形の増備が進んだ結果、1974年12月8日をもって運用から離れ、翌1975年2月に廃車されました。

運用前期の廃車については、C57 73・74・99・162が太平洋戦争終戦前に戦災に遭い、1949年(昭和24年)3月29日付けで廃車となっている他、C57 106は1961年(昭和36年)8月29日に羽越本線新津駅 – 京ヶ瀬駅間の踏切トレーラートラックと衝突大破して同年11月18日付けで廃車になりました。C57 90は1963年(昭和38年)3月16日に北陸本線能生駅 – 筒石駅間で発生した地滑りで流入した土砂に埋まり、同年6月18日付けで廃車となっています。

性能・保守面の良さを買われて長く活躍し、国鉄の旅客用蒸気機関車の代名詞となりました。全長に比べてボイラが細く見え、スタイルが美しいとの理由で「貴婦人」の愛称で親しまれました。1953年にはC57 126がそれまで東京鉄道管理局お召し列車専用機であったC51 239に替わって就役しているなど、各地で無煙化になるまでの間お召列車の牽引実績を残すなど、平坦線を中心に使い勝手が良い機関車としても知られています。

昭和30年代以降、特急・急行列車の無煙化が進むと普通列車の牽引に回ったが、大半が蒸気機関車の最終期まで残り運用されました。晩年になってもディーゼル機関車の不調や両数不足などで急行列車牽引の機会があり、寝台特急の牽引事例もありました。また、日豊本線播但線千歳線などでは、貨物列車の定期運用もありました(千歳線では、主に重量貨物列車の補機として使用)。

本州の東日本地区において最後まで本形式が運用されていた羽越本線では、1960年代前半に定期急行牽引任務からは外れたものの、1972年10月のダイヤ改正時に電化が完成するまでは、大阪駅 – 青森駅間の臨時急行「きたぐに51号」の新潟駅 – 秋田駅間(白新線経由)を牽引(1968年10月のダイヤ改正時=いわゆる“ヨン・サン・トオ”から1972年9月末日まで)するなど、普通列車を中心に、臨時急行列車や荷物列車などの牽引機として活躍しました(ただし、羽越本線での普通列車と荷物列車の牽引については、同線の電化開業半年前の同年3月のダイヤ改正時までに、全てD51形、またはDD51形に置き換えられています)。

1972年(昭和47年)10月14日15日に鉄道開通100年を記念して汐留駅 – 東横浜駅間に運転された「鉄道100年記念号」の牽引には、当時紀勢本線で稼働中の7号機が上京してその任にあたっています。同機は和歌山県で現在も静態保存されています。

運用後期でもお召し列車に用いられ、1972年5月の新潟植樹祭の際に、当時新津機関区所属のC57 1が羽越本線の新津駅 – 村上駅間で牽引したり、1973年(昭和48年)4月に第24回全国植樹祭が宮崎県にて催された際に日豊本線におけるC57 117が牽引するお召列車が4月9日西都城駅 – 宮崎駅間、10日高鍋駅 – 宮崎駅、12日に宮崎駅 – 延岡駅間にて運行されました。同時この一連のお召列車運行は、日本国内における蒸気機関車牽引による最後のお召し列車運行となりました。

日豊本線では、晩年の延岡以南における優等列車の牽引はDF50形ディーゼル機関車に置き換えられていたが、DF50形が故障し予備機のやりくりがつかなくなった場合など、車両運用の都合上で突発的に急行列車や時には寝台特急「富士」「彗星」を牽引することもあり、一例として1973年5月9日の上り寝台特急「彗星」を本形式が重連で牽引していた姿が季刊誌国鉄時代』2008年11月号 AUTUMN Vol.15(ネコ・パブリッシング)に掲載されており、これは国鉄線内で蒸気機関車が定期特急列車を牽引した最後の事例とされます。1973年(昭和48年)10月から、日豊本線の急行列車、下り「日南3号」の宮崎駅 – 都城駅間の牽引に使用されました。この列車はすでにDF50形ディーゼル機関車に置き換えられていたが、寝台特急の増発による車両運用の都合上、再びC57形が使用されることとなりました。この運用は翌年1974年(昭和49年)3月まで続き、これが国鉄で蒸気機関車が牽引する優等列車としては最後のものとなりました。

1975年(昭和50年)、NHKは当時の人気アイドルであった歌手山口百恵漫画家加藤芳郎が出演する、蒸気機関車を扱った特別番組を制作しました。このロケのため運転された列車には岩見沢第一機関区に所属していたC57 135が使用され、10月20日午前11時4分の室蘭駅発岩見沢駅の普通列車を牽引しました。その年の12月8日に同じ区間を走った国鉄D51形蒸気機関車がSLの最終運行となるはずだったが、国鉄本社がセレモニー付きのSLラストランを行うよう指示があり。 そのC57 135が再び牽引することとなりました。午前7時50分の出発は国鉄室蘭吹奏楽団が『鉄道唱歌』で見送り、徹夜組を含めて3000人が来駅したうち、定員の3倍にあたる2000人が乗車。室蘭駅 – 岩見沢駅で国鉄最後の蒸機牽引旅客列車となる225列車を牽引しました。同列車は本来はD51形を使用することになっており、最終日の12月14日のみ特別措置としてC57形牽引となりました。

当時の携帯画像で、手振れも多少ありますが汽笛を聞いてください(^^♪
SLやまぐち号詳細
詳細は、SLやまぐち号のサイトでご覧ください
SLやまぐち号サイト:https://www.c571.jp/
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